ボリス・ヴラジーミロヴィチ・アサフィエフ

(ロシア語:Борис Владимирович Асафьев)

 

アサフィエフは、1910年からバレエ・コンサートマスターとして

マリインスキー劇場(サンクトペテルスブルグ)で働き、

様々なバレエの為の創作音楽を作曲しました。

 

初期の作品には、「白百合」(1915年)、「ピエロとマスク」(1914年)、

「カルマニョーラ」(1918年)等があります。

 

 

アサフィエフは、思想芸術における重要な役割を果たしました。

バレエ劇場の演目をさらに充実して拡大させ、

偉大な文学へそれを交わらせました。

そして、それらはバレエのあらすじに書き込まれました:

  • A.S.プーシキン ― 『バフチサライの泉』(1938年、バレエマスター:R.V.ザハーロフ、指揮者:S.E.ラドロフ)、『コーカサスの囚人』(1938年、バレエマスター:L.M.ラヴロフスキー)、『田舎娘』(1946年、バレエマスター:R.V.ザハーロフ)、『石の客』(1946年、バレエマスター:L.V.ヤコブソン);
  • N.V.ゴーゴリ ― 『クリスマス前夜』(1938年、バレエマスター:V.A.ヴァルコヴィッツキー)
  • M.U.レールモントフ ― 『アシク・ケリブ』(1940年、バレエマスター:B.A.フェンスター)
  • M.ゴーリキー ― 『美しきラッダ』(1938年、バレエマスター:A.V.シャーチン)
  • A.I.クプリン ― 『Sulamith』(1941年、バレエマスター:カナノーヴィッチ)
  • O.バリザク ― 『救いのない幻想』(1936年、バレエマスター:ザハーロフ)
  • ダンテ ― 『フランチェスカ・ダ・リミニ』(1947年、バレエマスター:N.S.ホルフィン)

 

バレエを創作する上で、アサフィエフは、

1918‐20年にあった市民戦争の英雄

(『パルチザン/ゲリラの日』、1937年、バレエマスター:V.I.ワイノーネン)と、

自由を求めた民衆対ファシズムの闘争

(『ミリツァ』、1947年、バレエマスター:V.I.ワイノーネン)を反映させました。

 

アサフィエフの舞台芸術音楽の創作物(オペラとバレエ)の中で重要なのは、

舞台の状況に合わせた、特徴のある主要登場人物の、

それぞれの役のライトモチーフ(主題)でした。

 

バレエ『パリの炎』(1932年、バレエマスター:V.I.ワイノーネン、指揮者:S.E.ラドロフ)

の中でアサフィエフは、フランス革命とその時代の作曲家達のメロディーを使いました。

アサフィエフの有名なバレエ作品『パリの炎』と『バフチサライの泉』は

現代でも外国の音楽劇場にも、しっかりとレパートリーの一つとして残されています。

 

著名な音楽学者であるアサフィエフは自身の仕事の中で、

チャイコフスキー、グラズノフ、ストラヴィンスキー、

プロコフィエフのバレエの革新的な意義を可能にし、バレエ音楽の中へ

シンフォニズム(交響曲)の原則を理論的に基礎付けたのでした。

 

ボリス・アサフィエフの関連サイト(ウィキペディア)

 

 

セルゲイ・セルゲーヴィチ・プロコフィエフ

(ロシア語: Сергей Сергеевич Прокофьев)

 

プロコフィエフの初期のバレエ作品は、

1917年の10月革命と当時海外に滞在していた時までで、

彼の創作物には楽天的なエネルギーで溢れた、ユーモア、

独自の民族的な視点のイメージへの意図による斬新的な発展が

反映されていましたが、モダニズムの、

・原始主義(19世紀の民族主義的音楽をさらに原始的なエネルギーや

生命力をもって表現しようとする音楽)

・未来主義(表現主義芸術の影響を受けつつも、もっと純粋に肯定的に、

近代文明の産物や機械の登場によって生まれた新たな視点を、芸術に取り入れようとした)

・構成主義(キュビスムやシュプレマティスムの影響を受け、1910年代半ばにはじまった

ソ連における芸術運動で、抽象性、革新性、象徴性など。平面作品にとどまらず、

立体的な作品が多いことも特徴の1つ)と、

・都会趣味の影響を、身を持って体験しました。

 

『アーラとロリー』 ―  シンフォニー・オーケストラの為の

“スキタイ組曲”(スラヴ神話を基にした音楽)は、

古代ルーシの野蛮なイメージを具象化しています;

異なる鋭さを持つハーモニーと楽器で、深いリズムを強調した音楽。

 

『7人の道化が冗談をとばし合う、道化についてのおとぎ話』

(A.N.アファナーシエヴァのロシアのおとぎ話、1920年;

1921年、ディアギレフのロシアバレエ団“バレエ・リュス”、

バレエマスター:T.ストラヴィンスキー)

安っぽいグロテスクな手法で再現された奇抜なコメディー作品;

音楽の中には独創力に富む特徴が多く、乱暴なおどけた旅芸人を通して、

劇には個々の民族的な要素とリリックな要素が現れました。

 

『鋼鉄の歩み』(1925年;1927年、ディアギレフの

ロシアバレエ団“バレエ・リュス”、バレエマスター:L.F.ミャーシン)は、

現実の鉄道の駅や農場を再現し、都会風(機械的なリズム、構成主義、

風刺漫画的なスケッチ)にかかれた作品です。

 

『放蕩息子』(1929年、バレエマスター:D.バランシン)

心理的な場面とリリックなエレメントが含まれた作品です。

 

『ドニエプル(ボリステーヌ)の岸辺で』(1932年、S.リファール)

プロコフィエフの時代にあった革命をほとんど全て表現したバレエ作品です。

彼の音楽はあらすじとの関わりが弱く、抽象的な特徴が表れています。

 

プロコフィエフのバレエの次なるステップは、

彼がCCCP(ソビエト社会主義共和国連邦)に戻った後から始まりました。

 

バレエ『ロミオとジュリエット』(シェイクスピアの悲劇より、1936年)

中世時代の部族の敵意と憎悪の力と衝突の中での“善”である

主役の悲劇の死を明らかにした作品です。

詩的な音楽と主要人物の特徴は、広大な民族的な舞台のスケッチと、

紛争の絶えない中での深いドラマティックなエピソードが組み合わさっています。

 

リリックでロマンティックなおとぎ話『シンデレラ』

(ペローのおとぎ話より、1941年)は、詩的なワルツにしみ込ませた、

“愛”と“幸せ”の大きな感情の力を具現化したテーマと、

皮肉でグロテスクな特徴の対象的な人物、

魅力的な謎のファンタスティックなイメージ(良い精霊、時(計))など、

お祭りのような人生の美しさへの賛美を歌っています。

 

『石の花』(P.P.バジョーヴァのおとぎ話より、1949年)は、

ロシアの民族の人生(婚約、縁日)の広大なスケッチと共に、

邪悪な力と直面する愛のテーマと創造性が深く広がる中での、

現実とファンタジックを組み合わせた、ロシアの壮大な物語のバレエです。

このバレエの中でプロコフィエフは、ドラマティックなロシアの

クラシックバレエ音楽(チャイコフスキー、グラズノフ)の伝統を発展させました。

 

衝動的なリズムと独自のダンス感から

プロコフィエフはたくさんの作品を生み出しました。

 

セルゲイ・プロコフィエフの関連サイト(ウィキペディア)

 

Music Access:音楽史年表