バレエ 『明るい小川』  作曲:ドミトリー・ショスタコーヴィチ

 

 

モスクワのボリショイ新劇場

演出振付:アレクセイ・ラトマンスキー、音楽­指揮:パーヴェル・ソローキン、

美術:マイヤ・プリセツカヤの従弟にあたるボリス・メッセレール、

出演:インナ・ペトローワ、ユーリー・クレフツォフ、マリヤ・アレク­サンドロワ、セルゲイ・フィーリン、ゲンナジー・ヤーニン等

 

舞台は同時代(三〇年代)のソ連、北コーカサスのクバン地方で、《明るい小川》というのはそこにある集団農場(コルホーズ)の名称である(クバンは実在の地名だが、コルホ­ーズの名称はフィクションである)。

序曲とともに緞帳が開くと、舞台の上に大きな地球儀と旧ソ連の国章、鎌とハンマーが描かれた内幕が掛かっている。そこには「コルホーズの女性は偉大な力だ」とか「トラクタ­ーと託児所は新しい村の原動力だ」といった農業集団化を礼賛するスローガンが見られるほか、36年にショスタコーヴィチを批判したプラウダ紙の見出し「音楽の代わりの荒唐­無稽」「バレエのまやかし」という言葉も記されており、ラトマンスキー独自の諧謔とアイロニーが窺える。

 

第1幕

第1場

北コーカサス鉄道の支線の一つに沿った広大なステップ(大草原)の中、小さな路傍の停車場。初秋。この地方の集団農場が、収穫と種まきの両方を終えたところ。

野外作業の終わりを記念する収穫祭に参加するためにモスクワの劇場からやってきた芸術慰問団が、この地域に到着するところである。最も近い集団農場「明るい小川」から何人かが、客の出迎えに停車場にやってきた。その中には、高齢ではあるが人生の喜びといろいろな楽しみを持っている集団農場の品質検査官ガヴリールィチ、アーティストたちに贈る花束を抱えた女学生のガーリャとその友人数人、農業技師ピョートルとその妻で地元の娯楽担当幹事のジーナがいる。

最後に来たのは2人の別荘住人で、年配の男と若作りの妻である。退屈でうんざりしている2人はやってくるアーティスト達を眺めにきたのである。到着を待つ間、夢見がちで思慮深いジーナは読書に没頭している。快活で楽天的な性分の夫ピョートルは、彼女の気をそらそうと周りの人に協力を求める。

結局、ジーナを除く全員がプラットホームへ向かう。興奮した群集がアーティスト達と共に戻ってくる。バレリーナとそのパートナー、それにアコーディオン奏者である。娯楽担当幹事のジーナがバレリーナを歓迎すると、バレリーナは足を止める。2人は相手がかつて同じバレエ学校で学んだ旧知の友人だとわかる。ジーナは農学生のピョートルと結婚してから彼と共に働くために集団農場に来たため、誰も彼女がダンサーだったとは知らないのだった。ふたりきりで後に残った友人同士は、好奇心に満ちて互いを見つめる。

バレリーナがジーナにダンスは忘れたのかと聞く。しかし田舎に住んではいても、彼女はダンスの技術を忘れておらず、それを証明しようという。2人の友人はどちらが以前のレッスンのほとんどを思い出せるか互いに競い合う。ガヴリールィチとピョートルがここで現れる。ジーナとバレリーナを呼びにきたのだ。ジーナはバレリーナに夫を紹介する。バレリーナに目がくらみ、ピョートルは彼女の歓心を得ようとし出す。ジーナは初めて嫉妬の感情に襲われる。

 

第2場

その日も終わりが近づいている。黄金色の麦の束の中でキャンプを張り、「明るい小川」集団農場の野外作業団が、楽しそうに翌日の収穫祭の計画を話し合っている。アーティスト達が到着する。ガヴリールィチはアーティスト達を野外作業団に紹介する。2つの団が挨拶を交わす。即席の祝賀が準備される。アーティスト達は、最もインパクトのある集団農場の作業員に配るために持ってきたプレゼントを並べてみせる。ガヴリールィチのための蓄音機、最優秀の搾乳婦には絹のドレス。受賞者達は力強く祝福され、祝賀会はダンスに合流していく。最初に踊り始めたのは、白髪まじりであごひげのある“品質検査官”ガヴリールィチだ。

別荘住人はいつものように遅い登場だ。彼らは踊りを強制されて、冗談で大昔のシャコンヌを踊る。その後はジーナがまとめるアマチュアグループのメンバーである少女たちの踊りだ。しかし、注目の的となったのは搾乳婦である。人々は彼女がかっこいい新しいドレスで踊るのを見たがる。搾乳婦はトラクターの運転手と踊る。陽気なにぎわいが高まる。ガヴリールィチが彼の新しい蓄音機を回してゲストのアーティスト達に踊って欲しいと頼む。アーティスト達は普段着で踊るのは気が進まないが、集団農場の作業員たちをがっかりさせたくないので承諾する。彼らは麦の束の間を即興で踊る。彼らの踊りは様々な受け取られ方をした。

農場作業者達は楽しんで見ていたが、別荘住人達はアーティスト達自身にのみ目を向けていた。(夫の目はバレリーナに、妻の目はバレリーナのパートナーに惹きつけられていた。)ジーナは夫にやきもちを焼いていた。若き農業技師のピョートルは、慎み深く気取らない妻に比べて、才気煥発に見えるバレリーナにますます魅了されている。アコーディオン奏者は女学生のガーリャに一緒に踊らないかと誘いかける。いまやクバンやコーカサスから来た若い作業員達は陽気で好戦的な踊りになだれ込み、その場にいる全員を夢中にさせている。お祭り騒ぎは最高潮に達する。やがて集まった人々は飲み物に誘われる。

全員が出て行くと、老いた別荘住人はバレリーナの耳元でまた会いたいと囁くことに成功し、妻はバレリーナのパートナーに同じような提案をしている。その間、ピョートルはバレリーナを追って出て行く。ジーナはすっかり取り乱し、泣き出してしまう。若者たちはガヴリールィチも一緒になって彼女をなだめようとする。しかし、そこにバレリーナが戻り、ジーナにあなたの夫と火遊びするつもりは全くないと請け合う。彼女は、ジーナもダンサーだったことを若者たちに教えてはどうかとジーナにすすめる。ジーナは同意し、友人同士はふたたび一緒に踊る。皆はびっくり仰天する。バレリーナが、ピョートルと何人かにジョークを仕掛けることを提案する。彼女はパートナーの衣装を着て別荘住人の若作りの妻に会いにいく。パートナーは女性のダンサーに変装して別荘住人の老人と逢引きにいく。そしてジーナはバレリーナの衣装を着て夫に会いに行く。計画は承認された。

 

 

第2幕

第3場

暖かい南国のような夜。空気は澄み、潅木や木に囲まれた空き地。若者たちが集まっている。別荘住人達も、いつものように遅れて現れる。アコーディオン奏者は、その日一緒に楽しく踊った女学生のガーリャが気に入った。彼は彼女に、すぐに戻ってくるから自分のことを待っていて欲しいとささやく。ガーリャはあっけにとられる。年老いた別荘住人とその妻、ピョートルは、彼らが逢引きする“愛しい人”のことを思い浮かべている。

若者たちは、やはり彼らに教訓を与えなければならないと決意を固める。彼らはすばやく着替える。バレリーナはパートナーの衣装に、パートナーは女物のドレスに、ジーナは友人の舞台衣装のひとつに。おまけの冗談として、トラクターの運転手は犬の毛皮の衣装を着る。これで用意万端。そこへガーリャが、アコーディオン奏者も彼女を逢引に誘ったと認めた。この新事実は、彼らの周到に準備した計画を台無しにするかもしれないが、トラクター運転手が救いの手を差し伸べる。

彼はガーリャに、誘われたとおりにアコーディオン奏者に会うべきだ、しかし犬に変装した運転手がアコーディオン奏者を彼女に近寄れないようにするという。その案は皆の同意を得た。ガーリャは“犬”のコールカに付き添われてアコーディオン奏者を待つ。アコーディオン奏者が現れるが、獰猛で自分に飛びかかろうとする無用な犬の存在に気分を害する。やがてアコーディオン奏者は自分がからかわれていることに気づくが、怒らずに話を聞き、皆のたくらみに加わる。

年配の別荘住人が自転車をこいで現れる。彼はバレリーナに良い印象を与えたくてスポーツ・ウェアを着用していた。銃と弾薬帯、望遠鏡を装備している。逢引きへの期待に胸をふくらませる別荘住人。その妻が同じ場所に現れる。彼女は男性ダンサーを驚かそうとバレエ・シューズを履いている。さあ、計画を実行に移す時間だ。突然、美しいバレリーナの姿が別荘住人の目に入る。木の茂みの中にいる彼のシルフィードの姿が。実はバレリーナのパートナーが女装した姿だったが、老人は気づかない。それを見ていた彼の妻は、夫の浮気に抗議して追いかける。しかし、犬の衣装を着たままのトラクター運転手が自転車に乗っているのを見て、彼女はおびえる。パートナーの衣装を着たバレリーナが現れ、別荘住人の妻をばかにする。やがて2人とも走り去る。

農業技師のピョートルが登場。彼は離れた柱のかげから、ダンサーを待っているが、そこで逢ったのはダンサーに変装した自分の妻。彼はそれが妻だとわからない。ジーナは彼に冗談を言ったりいちゃついたりして、茂みの中に消える。ここで叙情的なシーンはドタバタ劇に舞台を譲ることになる。老いた別荘住人とバレリーナに変装した男性ダンサーが駆け込んでくる。

“ロマンティックな情熱”が空前の高さに達する。男装のバレリーナが茂みの中から出てきて派手にやる。彼女は別荘住人に賠償を要求し、喜劇的な決闘がそれに続く。最初に撃つのは男装のバレリーナだ。彼女は的を外す。次に老いた別荘住人にピストルが渡される。彼は怖がりながらも狙いをつける。と同時にガヴリールィチが手桶をドンとたたいたので、老人は自分が発砲したと思い込む。すぐにバレリーナのパートナーが打たれたかのように倒れる。恐ろしくなった別荘住人は逃げ出す。彼が姿を消すとすぐに“犠牲者”は生き返り、企みの成功に大喜びの皆の笑い声の中で踊る。

 

 

第4場

翌日の早朝。収穫祭の日。牧草地の中にアーティスト達のための仮設舞台がある。座席はすべて埋まっている。農業技師のピョートルは、公演が始まるのを不安な気持ちで待っている。というのも、昨晩森の中で逢った(と彼は思っている)バレリーナに会うことができるからだ。しかし驚いたことに、全く同じ衣装を着て顔を仮面で隠した2人のダンサーが舞台に現れる。

2人の踊りが終ると、自分を抑えきれないピョートルは駆け寄る。2人はベールを脱ぎ、秘密が明かされる。そのうちの一人が自分の妻であることがわかると、ピョートルはおずおずと許しを乞う。2人は仲直りする。ピョートルは教訓を学んだ。彼の慎み深いジーナが、一流の労働者であるとともに驚くべきバレリーナでもあるということを、今彼は知っている。老いも若きも参加する踊りにアーティスト達も加わり、2人の和解と集団農場の豊作を祈って、全員が陽気に踊り納めて、祭りは終わる。

 

 

『明るい小川』の作曲に当たり、ショスタコーヴィチは『ボルト』から幾つかの楽曲を転用した。たとえば「序曲」には『ボルト』の「工場の稼動開始、機械の踊り」を流用して­いるが、これはトラクター導入による農業の機械化を称揚するものと考えられる。また前作で好評だったナンバー「織工娘たちの踊り」や「赤軍兵たちの踊り」を、それぞれ「ジ­ーナと娘たちの踊り」「コーカサス人とクバン人の踊り」に流用し、第一幕第二場のディヴェルティスマンの見せ場を作り上げた。

 

 

『明るい小川』では主役から脇役に至るまで、すべての登場人物が実に良く踊る。

これはたとえばユーリー・グリゴローヴィチが演出したショスタコーヴィチの『黄金時代』(一九八二年初演)と対照的である。

『黄金時代』では第1幕冒頭に水夫、新聞売り、­浮浪児、煙草売りの娘という四人のキャラクターが登場する。これらはネップ(新経済政策)時代(一九二一~二七年)のソ連社会の底辺で経済を支えた、ちっぽけだが活力ある­キャラクターである。だが彼らは幕開きのワルツとギャロップを踊ったあと、主役のボリスと仲間たちが登場すると同時に舞台から姿を消してしまう。あとには、いかにもグリゴ­ローヴィチ的なヒーローとアンチヒーローの男女二組のほか、個性をまったく持たない群舞だけが残る。

 

from  YOUTUBE  投稿者: ujikanayo